大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(う)2677号 判決

被告人 斎藤忠司

〔抄 録〕

所論は、原第一審判決が本件公訴事実中現住建造物放火未遂の事実につき、被告人は原判示被告人居室の押入の床板にある節穴より、下方にある隣室の原判示亀田彦治方押入内に所携のガソリンを注ぎ込み、かつその節穴より火のついた燐寸を落して点火して放火したことは、証拠上認めうるにかかわらず、放火の方法が明確を欠き、右手段方法による放火と認むべき証拠が存在せず、本件出火が被告人の放火行為に起因するものと断定するには証拠不十分であるとして、無罪の言渡をしたのは、事実を誤認した結果であつて、この誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原第一審判決は破棄を免れないというにある。

よつて、記録を精査検討するに、原第一審判決が右放火未遂の事実につき無罪とした理由の説明において表示する各関係対応証拠によれば、原判決が、本件出火に関して判示する(一)ないし(三)の事実、被告人に放火の動機ないし原因が存したか否かの点について判示する(一)(二)の事実、本件出火前後における被告人の言動について判示する(一)(二)の事実は、それぞれ肯認するに十分である。しかして、これらの情況証拠及び間接事実を綜合し、被告人が本件出火の原因について捜査の段階乃至一審の公判廷において述べるところは原審第一審判決並に差戻前の第二審判決が説示するように、ことさらに作為し、客観的事実に反する虚構の事実を述べているものとしか思えない供述であることを考え合せるときは、点火の方法の点は別として、被告人は、本件公訴事実掲記の動機により故意に自己の居室に押入の仕切板の節穴から隣室亀田彦治方押入内の蓋の開いた行李の在中品の上にガソリンを流しこみ、何らかの方法でこれに点火して放火したが、直ちに亀田彦治に発見消火されたため右亀田所有の行李及び在中の衣類を焼いたに止まり、人の現住するアパート焼燬の目的を遂げなかつた事実を認めるに十分である。してみれば本件公訴にかかる現住建造物放火未遂の事実について犯罪の証明なしとして無罪を言い渡した原第一審判決は、結局、事実を誤認しているといわざるを得ない。この誤りは、原第一審判決に影響を及ぼすこと明白であるから、この点で右判決は破棄を免れ得ない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条に則り原判決全部を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において更に判決する。

(当裁判所の認定する罪となるべき事実)

被告人は昭和三十四年二月八日頃から東京都大田区東蒲田四丁目三十七番地アパート「寿荘」こと地引八重子方の四畳半の部屋一室を借り受け内縁の妻長岡敬子とともに居住していたものであるが、金銭に窮した末、人の現在する右アパートに放火して同家とともに自己の家財も焼燬して、日動火災海上保険株式会社と家財につき締結した火災保険金三十万円を入手しようと企て、自室の押入が隣室の亀田彦治方の居室の押入れの上部に重なり、被告人方の押入の床板(仕切板)はそのまま亀田方の押入の天井になつていて右床板には直径約三糎と約一糎の節穴二つがあり、節穴から下方をのぞけば、亀田方押入にある紙類、衣類、蓋の開いた行李などの可燃物があるのを見られる状態になつていたので、昭和三十四年三月二十一日午前五時過頃、ガソリンをこの節穴から下方の前記亀田方押入内の紙類、衣類行李などの上に流し込んだ後火を節穴から落して右亀田方押入内のガソリンに濡れ滲みている紙類、衣類等に点火して放火したが、直ちに右亀田に発見消火されたため、同人所有の右行李及び在中の衣類若干を焼いたに止まり、同家屋焼燬の目的を遂げなかつたものである。

(岩田 飯守 赤塔)

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